月末が近づくと

月末が近づくと、ブログを書かねばと、半ば強迫的な感情が押し寄せる。習慣化していることを止めるのは結構エネルギーがいる。数年前に月末に記事をアップしなかったときは、体の具合が悪い説、死亡説まで流れたので、止めるときは予告が必要だとは思っている。去年の7月には何をしていたかをブログから確認できるのは書き続けることのメリットと考えるので、今しばらくは書いていこうと思っているが、気持ちの上のことでこの先何があるかはわからない。

過去の記事を探したりすると、そんなこともあったかとか、心的な時間経過の歪みに気づくので、消えない電子データでのブログは記憶検索にはメリットがある。記憶にない、報告があったかどうか認識していないなどの戯言を言う輩に電子データの様式で記録を書くことを勧める。いや、一定以上の高額の税金を食んでいる連中には義務化させる必要があると言いたい。彼らには虚言をいうことはなりませぬ、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬという、連中が好きなはずの武士道の精神に基づく道徳再教育も必須であろう。日本には恥の文化であったはずである、などと面白くないことが近頃は多すぎるのではなかろうか。

昨年の7月の記事を見直して見ると、ロンドンに出かけていた。その前年はイスラエルというように、7月はいつも国際神経心理学会に出ていたが今年は南アフリカということなので参加は見送った。遠すぎるし、向こうは冬なので衣類も嵩張るだろうし、治安も心配というのが理由である。要は、参加して得られるbenefitと、遠い面倒だというcostの比を計算して参加すべしという域値を下回ったということである。

このような、BCR(benefit/costratio)の加齢による影響を見る研究が生まれ始めているらしい。題名だけで購入した本を読んで知ったことである。この書籍からは動機付けの仕組みを神経科学から取り組む欧州の若い研究者の存在を知った。動機付けという古くからの心理学のテーマは、社会心理学産業心理学の研究者が扱うもので、認知心理学の分野の研究者は覗かないのが一般的であったのだが、領域横断タイプの研究が増えているようである。

若者はbenefitが小さくても行動に移すが、高齢者は腰を上げないということで、それには、コルチゾール分泌、糖代謝、ドーパニン分泌や、それらに関係が深い血圧などを分析するのがよいという流し読みで、原典に当たっているわけではないので、言い方は断定的には程遠い。言い方を自分流に変えれば、imitativeやって見るかであるかは、cost面倒くさいとbenefit得になる評価が決めるという、常識的なことを言っているように思える。自分の心臓血管にステントが入って、血流量が増えたせいか、cost価(疲労感や面倒臭さ)が最近減っているように思うのでこういう考えはヒューリスティックであり、科学的ではないけど、Beimitativeと発言している手前、今まで蓄積している縦断研究データベースで、中高年の血圧と認知の関連を調べてみようかと考えている。

7月はどこの大学でもopencampus真っ盛りの時期であり、私の所属する大学でも、7月中の土日に3回実施する。多すぎると思わないわけではないが、回数を減らして受験生が減るかもという心配から18歳人口が減り、類似の大学が増える一方の中で、opencampusに高校生が単調増加することは考えにくいが、入試広報の事務方は減らす方向に積極的ではない。月曜の会議で参加者人数の推移が報告され、一喜一憂している毎日である。

昨年あたりから大学のopencampusをTVで宣伝する量が増えたように思う後方の事務方も近隣の大学での幾つかの例をあげて増えているという。地方局であればTVコマーシャルの単価は安いのだが、大阪では信じられないくらい高いので、安易に採用するわけにはいかない。TVコマーシャルがopencampusへの集客に有効かは俄かには判断できないことで、BCR(benefit/costratio)は高くないようにも思う。TVコマーシャルを打つ大学は、以外と学生が集まっていないのですがっているのですという認知的不協和を起こさない情報を信じることにしたい。

振り返れば、考えることが研究者というよりは、大企業の攻勢にたじろぎながらあがいている中小企業の親父みたいになっている。自分は何のやっているだろうかという疑念が浮かんでくるが、簡単に自分だけ逃げ出すわけにもいかないしと、日曜のopencampusの合間に自問している7月末なのであります。

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